昆布だしは足が早いと、料理人泣かせ。味は良いが腐りやすいだし汁は昔から料理を味わうタイミングで作られてきました。
昆布商にとっても、昆布の加工時、昆布を水に浸し柔らかくして、切ったり、削ったり、編んだりしますが、腐りやすい状態は同じです。おぼろ昆布やとろろ昆布、細工昆布など加工する時は全て水に戻して柔らかくしてからでないと、乾燥して、かたい昆布は加工できません。
いつの頃からか判りませんが、水に少し酢を加え酢水にして昆布を浸すようになりました。先人の知恵としか思えませんが、酢水に漬けるとながく昆布は腐る事がありません。加工する段取りがくるい、二、三日のびても、香りの良い昆布のままです。弊社では酢度5%の薄い酢水で昆布の加工をしております。
冷蔵庫やクーラーの無かった時代、腐る事を防ぐのに知恵をしぼり、酢を添加して昆布の「うま味」を邪魔せず、むしろ美味しくする作用を、味覚の優れた我が日本人がみつけ出しました。「うま味」三要素であるグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸全てをこの百年で発見して来た日本人は味覚の先駆者です。五大味覚として大切な酸っぱさを代表する「酢」は日本人が培ってきた昆布の「うま味」にも活躍します。
古代、日本人の信仰や政治の基礎になる稲作文化から生まれた日本の食文化は、米から作られるものに特別の思いを持っていました。酢も同じです。昔は貴重な昆布にその大切な「酢」を使った事は当然考えられます。
今では考えられない、昔から伝わる食文化の中にある価値観が、戦後がらりと変わる中で、古くから伝わる食材にその名残が見られます。儚さに「美」を感じる日本人の食文化も、やはり移り行く季節を大事にして来ました。一つの食材を「はしり」、「旬」、「なごり」と見極め、美味しさを求める日本人は、又一方で、調味料に植物性の儚い食材を多用しております。今様に云うと、エコです。
酢と昆布、日本人の長い味覚の知恵が詰まったコラボレーションを今の私たちは楽しんでいるでしょうか。西洋化していく味覚に今一度立ち止まり、日本人が長く慣れ親しんで来た味覚を味わいたいものです。
(奥井隆 おくいたかし 株式会社奥井海生堂 代表取締役)