昆布と食文化

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奥井海生堂について ご寄稿文



            
こぶリエ グラフィックデザイナー 麹谷 宏 様

テーブルの上にはグラスが3つ並んでいた。透明で淡黄色濃淡がわずかに違う液体が入っている。その色を見ててっきりワインだと思いつつ近寄って驚いた。3つのグラスからは、それぞれに違ったしかし一様に上品な昆布の香りが立ちのぼっているのだった。
 グラスの液体は、礼文島利尻昆布の産年違いを一晩水に浸け込んだものだと聞いてあっ昆布もそうなのか、と膝を打った。というのは、ぼくはもう30数年ワインに魅せられ、狂い、入れあげているので、グラスの中のワインの色と香りをみるだけで、そのワインの産地や葡萄品種、産年の見当がつくことはよく知っている。ワインは葡萄の果汁がそのまま変化するだけのものなので原料葡萄の品質が何よりも大切。そのすべてが、色と香りと味に出てしまうのである。
 昆布も同じなのだ。海中で育つという違いはあるが昆布も葡萄と同じように自然の恵みの産物。だからこそこちらも気候や海水の状態によって味にも香りにもその年の特徴が出るのだ。昆布もワインと同じようにヴィンテージの特徴をこのグラスの液体のようにテイスティングできるのだ、と知って感動した。
 産年違い、つまりヴィンテージ昆布とは思いもよらなかったが、こういう風に昆布にも産年記録があるのなら産地証明も格付けもあるのに違いない。それならば、このテーブルの上の昆布水はまさしくヴィンテージ昆布から生まれた「海のワイン」ということになるのではないか。
 ヴィンテージワインとは、ワインセラーの中で熟成させたワインのこと。はたして奥井海生堂でも、「蔵囲い」と称して上等な昆布を蔵の中で湿度と温度を調節しながら寝かせている。すると昆布もワインと同じように確実に深い色調を帯びてきて風味がよくなると言うから楽しい。
 東西の食文化のような昆布とワインにこれほどの近似性があるのなら、もういっそのこと昆布のソムリエもほしいものだ。例えば、「こぶリエ」とでもいう称号をつくって乾物屋さんに授与し、認定マークの入ったグリーンの前掛けを付けてもらう。そして「昆布〆なら羅臼の天然物がいいですよ」とか、「そのおだしには利尻の島物昆布の平成十年産が合いますよ」なんてアドバイスしてもらえたらさぞや愉快なことだろう、と空想するのだがどうだろうか。

            
昆布ネイション グラフィックデザイナー 麹谷 宏 様

久しぶりにブルゴーニュを訪ねると、友人夫妻が、おいしい店があるからとボーヌの街へ誘ってくれた。旧市街の由緒ある館を、落ちついた雰囲気の現代空間に造りかえた洒落たレストラン。最近、若いシェフにかわってから評判がいいのだという。
 その噂どうり、料理はおいしかった。ぼくはブルゴーニュの野菜には目がないので「夏野菜冷製ゼリーソース寄せ」をたのみ、意外にやさしい、層の厚い旨みで包み込んだ仕上げに感心した。
 デジェスティフになってテーブルにきたシェフから、実はあのソースには昆布だしを使っているのだと聞いてびっくり仰天。いまフランスの若い料理人たちの間では日本料理の人気が高く、研究が盛んで、キッチンに醤油とだし昆布を常備するのはもう普通のことだと話してくれた。
 「フランス料理も昆布だしとはね。ワインはドメーヌ・シモン・ビーズのコルトン・シャルルマーニュ1999年を楽しんでいたのですが、とてもよく合ってましたよ。」
 「そうでしょうね。昆布は海の野菜ですからそのブイヨンがワインと合わないわけがない。それに私は、昆布をひと晩つけこむ水出しにして海藻臭をおさえてますから。」
 「なるほど。それじゃ次は、ヴィンテージ合せが面白いかもね。昆布のテロワール(産地)も考えて。」
 「え?!昆布にもヴィンテージがあるの?!」
という具合に話が弾んで、昆布も水温、海流、気候そして浜の様子などによって毎年育ち具合が違うことその最高級品を奥井海生堂が毎年蔵囲いのヴィンテージとして寝かせていること、熟成によって昆布もワインのように個性のある年代の旨みを増殖させること、また、利尻や日高など産地によって昆布の種類や性質が違い、それぞれが、だしに適していたり煮ものに向いていたりという特性がある、などということを説明した。
 身をのり出して聞いていたシェフが、
 「なるほど、昆布も食材とのコンビネイションが大事なんだ。」
と納得したところで、
 「それを昆布ネイションというんだよ。」と、大笑いになった。  
 帰ってから、奥井海生堂秘蔵の「利尻昆布蔵囲い5年もの」を送ったら、早速礼状が届いて、「利尻ポトフ」をつくってみたら、アクも出ず透明で気品のある旨みのスープに仕上がって驚いた、このあとブルターニュの秋魚との昆布ネイションに挑む、とあった。
 なるほど、研究は続いているらしい。

            
ヴィンテージ同士 グラフィックデザイナー 麹谷 宏 様

「昆布とワインの詰合せ」と聞けば、え?何それ、と思うが、これを「昆布と葡萄酒」といえば、ふっと和んでしまう。昆布も葡萄も天然の産物ということが分かっているからだ。昆布は海の、葡萄は山のという違いはあっても、ともに夏の強い太陽と四季の気候がなければ育たない、自然の恵みのものなのである。

ワインは、葡萄の果汁がそのまま変化するものなので、出来具合は毎年違うのが当り前。だから、その年の情報という意味で「ヴィンテージ」を持つ。そうだとしたら、同じ様に自然が育てた昆布にもヴィンテージがあってもおかしくはない。いや、むしろ、産年表示は必要なのではないだろうか。

そのうえ、ワインが壜に詰められてカーヴの中で何年も寝かされ熟成するように、昆布も、真夏の浜の太陽で一気に乾燥させて旨みを閉じ込めたあとは、やはり専用の昆布蔵で数年囲われて旨みを深めてゆく。

晴雨、寒暖、風波、静荒――環境に変化はあっても、同じ年の日本の気候の中で育ち生まれたもの同士が、食卓の上でその身上を語りあうことになるとしたら、こんな愉快で楽しいことはない。昆布とワイン、この組合せは偉大な農産物仲間だから合わないはずがない、と料理人も断言している。

2002年の日本は、昆布にも葡萄にもとても良い年だった。

この年、あなたには、どんな年でしたか。


      麹谷 宏 様
  お    礼
 麹谷先生は、お料理の松本忠子先生のご紹介で、素晴らしいご縁を頂き、その上、海外へご講演に行かれる時には必ず、弊舗の昆布をお土産としてご持参頂き、大層、ご贔屓頂いております。 一度、松本先生と弊舗へお越し頂きました折、弊舗の古い蔵囲い昆布を色々見て頂きました。前日から水につけただけの昆布水(昆布だし)を、『蔵囲昆布』の古い年代順にご試飲頂き、大層ご興味をもたれました。そして『こぶリエ』という素晴らしい文章をお書き頂きました。
麹谷先生はご存知のようにフランスのシャンパーニュ、ボルドー、ブルゴーニュとワインの世界的な産地からシュバリエの称号や、他、たくさんの賞をフランス政府から授与されている、名誉ソムリエでもいらっしゃいます。その先生にお書き頂きました『こぶリエ』は、その後、食品業界を闊歩し、酢ムリエ、米リエ、野菜ソムリエ等大活躍しています。食のマイスターを目指し、頑張るようにと先生に付けて頂いた「こぶリエ」は先生の想像を遥かに超えてしまいました。弊舗にとりましても大変名誉な称号をつけて頂いたと、それを励みに頑張っております。 『昆布ネーション』はパンフレットのデザインのお願いを、携帯電話におかけした所、フランスはブルゴーニュに、ご旅行中の先生にかかってしまい、すぐに切ろうとしましたが、先生の方から少し興奮気味に「ブイヨン・ド・コンブ」、昆布ダシを使うブルゴーニュのレストランのお話をして頂き、帰国されてすぐにその時のご様子をお書き頂きました。先生もシェフにヴィンテージコンブのお話をされたそうです。
ブルゴーニュで昆布談義。素晴らしい時代がやって来ました。
『ヴィンテージ同士』は、伊勢丹の中にございます、伊勢丹研究所と共同で開発しました商品、2005年、御歳暮ギフト『ワインと昆布の詰め合わせ』を伊勢丹で販売させて頂いた折、先生にお書き頂いた文章です。料理とワインを考えると国産のワインが良いのではと、先生にご紹介頂いた山梨県のワイナリー『中央葡萄酒株式会社』様の「キュべ三澤」2002年の白ワインと弊社の2002年産蔵囲昆布との2005年伊勢丹お歳暮ギフト ヴィンテージワインと昆布ヴィンテージを揃えた、お互いに3年という悠久の時を過ごした逸品の詰め合わせになりました。
先生のエスプリの効いた短い文章は、素晴らしいワインの様に饒舌に人々に語りかけて来ます。弊社の『宝物』です。
衷心より御礼申し上げます。
 奥井 隆         .

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